飛んでけすなぎも

赤色のあなたへ想いをのせて

舞台「あんちゃん」を観て (ネタバレあり)


2017年7月18日(火)

北山宏光主演舞台「あんちゃん」昼公演の感想ブログです。

ネタバレに触れる部分もありますので、観劇前の方はお控えください。
























とうとう待ちに待った18日(火)北山宏光くん主演の「あんちゃん」を観劇できました。

凄まじいチケットの争奪戦でFC枠も、プレイガイドも全滅。挙句詐欺に引っかかりかけたり、ずっと年下の中学生に私の月給分の値段を提示されて「払えるんなら一緒に入ってもイイYO☆彡」って言われてみたり、観劇に至るまでこんなに精神的に落ち込んだのは初めてかも知れません。


若きヲタク達よ履き違えるな、相場理解という言葉。




そんな最中、「その人詐欺です!だめー!」って声をかけてくれる同担さんがいたり、貴重な貴重なチケットなのに「よかったら入りませんか…?」
ってお声がけして下さったフォロワーさんもいて、無事に観劇することが出来ました。


本当に、この事に関しては感謝してもしきれないというか…今までどうしてもヲタクごとでトゲトゲせざるを得なかったんですけど、ここにきて久しぶりに人の純粋な優しさに触れて涙が出るほど有難かったです。本当にありがとうございました!!!




自分も、ヲタ活する時もちゃんと周りに対して気配り心配りをして接していこうって思いました。

ヲタク is Beautiful !










今回の舞台、本当に観るまで楽しみで楽しみで。なるべく純な気持ちで舞台上の役者さんの感情を受け取りたかったのでネタバレも回避して、ふんわりしたものだけTL上で眺めていました。



そんな中でも度々聞こえてくる感想は「家族についてコンプレックスがある人は見ると苦しいかも」「家族について悩む人には特に刺さる」「まるで自分の様で苦しかった」と言うものでした。





今回の舞台は、ある家族について描かれています。


主人公は北山宏光くん演じる凌くん30歳。8mmビデオなどのテープをDVDに焼き付けるアルバイトをしています。幼い頃に父親が経営していた会社の経理の女性と不倫して家を出ていってから、母親の瑛子が女手一つで凌と2人の姉の冴と准を育て上げました。

早くに結婚した冴は夫と息子の快と3人暮らし。准はキャリアウーマンで、化粧品会社の営業の仕事をしています。

姉2人が実家を出た後も、凌だけは残って母親と2人暮らしをしていました。

そこにひょっこりと居なくなったはずの父、国夫が現れるところから物語は始まります。



姉2人はカンカンになって「今さら話すことなんてないから!」と拒絶します。


そんな2人を何度も、お母さんの瑛子はふんわりした表情で「お姉ちゃん、そんな事言わないで」「またお姉ちゃんはそんな事言って…」とまるで受け流すように宥めます。


作品全体を通して、お母さんはずっとふわふわと、話がわかっているのかわからないのかこちらもピンとこない柔らかい態度で子供たちに接していきます。

白黒はっきりつける事を全くしないキャラクターに、恐らくモヤモヤしてしまうひとも居たのかなあと思います。


良くいえば「可愛らしい雰囲気の人」、反対に悪くいえば「はっきりしなくてイライラする人」だったのではないでしょうか。


私も、この手のタイプの年配の女性はどちらかと言うと苦手で。

以前、地元に出来た新事業の管理業務(といってもぺーぺー)の仕事をしていた時、地元では考えられない高待遇の条件で門戸を広く開いて募集をかけたら、凌くんのお母さんみたいな年配の女性ばっかり集まってしまったことがあって。


クライアント相手でも白黒はっきりつけずにふんわりと「あらあら、困ったわね」「そんな事言わないで〜」「あらあら、まあまあ」といった具合で、いくら注意しても改善されずほとほと困り果てた事がありました。



本当にその時期の私はカリカリしていて、毎日つり目になってひと回りもふた回りも年上のその人達を睨みつけながら必死に仕事をしていたんですけど、その時の直属の上司に言われたのが「でも、こういうお母さん達だからこそ家庭内はふんわりして上手くいってるんじゃないかなあ」という言葉でした。


たしかに白黒はっきりつけることに関して、彼女達は機能しなかったけれど、家庭という狭いフィールドに置いて善悪をきっかりとつけることは必ずしも正解ではないんですよね。


やんわり、ふわふわとした瑛子さんだからこそ、お父さんの国夫が居なくなっても凌や冴、准と家族として居られたんだなと思いました。








凌は幼かった日のことを思い出します。

自室でゲームをやっていると、ビデオカメラを持ったお父さんとお母さんが大はしゃぎで部屋に乱入してきます。


「見えないよ、邪魔しないでよう〜…」さっきまで30歳のアルバイターとして舞台に立っていた彼が、このシーンでは幼い喋り方で小学生の凌くんを体現します。


少し拗ね気味の凌に、お父さんお母さんは「弟か妹が欲しいって前に言ってたろ?できるかもしれないぞ」「順調にいけばお正月くらいに会える」と赤ちゃんが出来た報告をします。

目をぱあっと輝かせて「本当!?」「僕、弟がいいなあ!」と嬉しそうに話す凌。

お父さんは、弟妹が出来たら凌の呼び方は「あんちゃん」になるんだと言います。

「ママ、頑張るからね!」と瑛子もはしゃいで、すごく幸せに溢れた家族がそこにいました。





でも、この後で家族は変化していってしまうんですよね。






国夫が浮気をして出ていった後、瑛子は昼職とかけ持ちしてスナックで働き始めます。

凌は、小学生にしてひきこもり。頭が痛いと学校を休んでずっと自室でドラクエをやっています。



そこに訪ねてくるのが、担任教師の芹沢。

コイツがまた暑苦しい先生!!


ドアの向こうで全く話を聞いていない凌に、延々と九九を教えたり、未来の選択肢は一つではないと小学生の興味を引くかのようにマンガの一文を持ち出して諭したりします。

現代よりも少し昔の設定なので、まだこんな熱血教師が居た時代なんですね。


先生の熱に押されて、お母さんも一緒に九九を唱えるのですが、瑛子さんは計算が苦手なのでうまく唱えられず…麦茶を飲みながら聞いていた凌くんが思わず「ぶへえ!」と吐き出してしまいます。


このシーンがめちゃくちゃ可愛い!日によっては噴き出しすぎてむせちゃったり、お客さんにかかってしまったりした様ですが、私が入った公演では噴き出した麦茶の量は多くないものの、顔にたくさんかかってしまったようでティッシュでほっぺたもギュウギュウと抑えて拭いてました。

麦茶を噴き出して汚した畳を凌くんがちゃんと自分で拭くのですが、その拭き方もまさに小学生男子の幼い拭き方なんですよね。

たしかに北山くんは成人男性のがっちりした体型なのですが、どんどん小学生の可愛い男の子に見えてくるんです。



熱く語る芹沢に、凌はドアを少しだけ開けて「違う未来を選んでも、不幸になったらどうすんの」と言い放ってまたピシャリとドアを閉めます。


まさにその通りだなって私も思います(笑)





正直、私の家も凌の家庭とはまた違った環境で幼い頃から苦しい気持ちをたくさん味わって来ました。

上手く言えないけど家庭が、家庭として機能しなかったんですよね。



そして、芹沢先生みたいな熱い言葉を投げてくれる人も幼い頃からたくさん見てきました。


みんな鼻高々に「こうしろ」「ああしろ」って言うけど、じゃあ失敗したらどうするの?怒られたら?そうやって今は言ってるけどあなたは帰る家があるじゃない、帰ったら温かいご飯があって、食卓があって、笑って話す家族がいるじゃないっていつも幼い小さな頭なりに思って拒絶していたんですよね。

凌と似た、じとーっとした目つきで周りを見ている子でした

…扱いにくかったろうなあ(笑)



でも、大人になった今なら芹沢の態度もそうするしかないのが何となくわかります。

経験した事の無い痛みって、あくまで想像するしかないんです。どれだけ相手を思っても、手を差し伸べようとしてもその尺度が体感したこと無かったら、自分のものさしで何とかするしかないじゃないですか。


芹沢は、熱い言葉に背中を押された経験があったんだろうか…私が幼かった頃、所詮は机上の正論と思っていた大人が投げた言葉も、その人にとっては大きな糧だったのかも知れません。

「きみは可哀想なんかじゃない」その言葉に救いを得る人もいれば、「逆に可哀想ってこと?」と思ってしまう人もいます。



こればかりは、環境の差は埋められないって、芹沢なりのやり方で凌と向き合うしかなかったんだって大人になった今、この舞台を通して思いました。



そうこうしているうちに、姉達が学校から帰ってきます。ただいまという声とドタドタした足音にビクッとして、両手で耳を塞いで縮こまる凌くんがこれまた不憫で可愛かったです。

帰ってきたお姉ちゃんに無理やりドアを開けるよう言われて、開けたらランドセルを投げ込まれたり、凌ばかり甘やかしてずるいという声を聞いてビクッとする様子はまさに姉2人に脅かされる末っ子そのものでした。



お姉ちゃんって、理不尽な所あるよね。







現代にシーンは戻って、凌のアルバイト先を聞いた国夫が早速、凌の店を訪ねてきます。



「DVDに焼いてほしい」と、ずっと持っていた家族のホームビデオを凌に託します。




この舞台には、生活感がみっちり詰まった凌の家がセットとして組まれています。

古い型の冷蔵庫や炊飯器が並び、最近発売された食器用洗剤が置かれているキッチンに、家族団らんが想像できるテーブル、年季を感じるソファーやテレビ、そしてくたびれかけの布団と学習机、ファミコンが置かれた凌の部屋である和室。


セットの展開はなく、そのままの配置で物語の場面は展開していくんです。




凌は国夫が帰ったあとの家の様子を話します。


舞台上にはお姉ちゃんとお母さんが出てきて、アルバイト先にいるはずの凌とお父さんが居るのにそのまま再現シーンが演じられます。

国夫を拒絶して、とことん責め立てる姉達に時々現実の国夫は追いかけられます。このシーン、狭い空間をフルに活かして登場人物の過去と未来の表情を一気に見せてくれるんですね。めちゃくちゃ素敵な演出やん?セット展開も無しにわかりやすいっていう省エネ演出やん?





姉達は「あの人を許さない」「今さらなんのつもりだ」と国夫をとことん拒絶します。




「あの人なんて言わないで、あなた達のお父さんなのよ」「ねえ、お姉ちゃん」と瑛子は怒る2人をおさめようとお茶を飲みながらふんわりと話します。



家族っていう縛りは、私は本当に勝手な鎖だなあと思っていて。

あんまり家族や家庭に良い思い出を作れなかったので、余計にそう思うのですが本当に勝手なシステムじゃないですか?


確かに、お父さんとお母さんはスタンダードな展開でいえば好きだから付き合って、お互いを愛して、それで結ばれる。


そして、そこに子供が生まれる。


でもそれって、ある意味勝手に2人の関係性の中にぶっ込まれるのと同じだと私は思っています。親も子供を選べないけど、子供だって親を選べなくて。


確かに、血を分けて私達はこの世界に生を受けるけれど、だからって100%お父さんともお母さんとも意思疎通が取れて、趣味嗜好や知能レベルが同じで、物事の善し悪しから味の好みまで、似ているところはあれど全く同じって事は有り得ないと思うんですよ。

でも、ある日突然オギャーと生まれて、2人の関係性の中にぶっ込まれるわけです。


それって、すごい勝手なシステムだなあって。


だからって上手くいかないと、世間一般のレールに乗り切れてない気もするし、かといって傾いた家庭という建物をどうこうする力が幼い子供や上手く運営できない親にあるかと言うと、みんな難しい。


そんな中で、下に兄弟や姉妹が出来たら「お兄ちゃん」「お姉ちゃん」と呼ばれるし、逆にもう上にいたら「弟」「妹」と呼ばれるんです。生まれた時から。


家庭内で与えられる「お兄ちゃん」「お姉ちゃん」「弟」「妹」ってすごく勝手に巻き付けられた役割だって私は思います。


劇中でお母さんはお姉ちゃんふたりをなだめる時「ねえ、お姉ちゃん」と何回も優しい声で言います。

ふんわりと、優しく諭すようで、それはある意味無意識に重い重い鎖をきつく縛っているのではないかと、お母さんの優しさを見ながら少し苦しかったです。





怒って時に叫び散らす娘達を見ながらも、お母さんは「もう昔のことはいいのよ、この歳になったらどうでもよくなっちゃったの」とお茶を啜ります。

昔、スナックで働いていた瑛子の元にひょっこり現れた国夫がこんな仕事なんかやめろと借金を全額返してくれたお陰で、准は大学に行けたのだと言う瑛子。たじろぎながらも、それはもともと国夫が作った借金だと怒るお姉ちゃんふたり。


「まずは謝る所から、それからじゃないと話が進まない」そう姉達が言っていたと凌は国夫に伝えます。



ビデオテープを預け、店を出ていく国夫。凌は1本のDVDを国夫に渡します。凌が監督を務めた自主制作の映画で、小さな街の映画祭で賞をもらった作品なのでした。


さっき家に来た時に言っていた、1杯飲みに行くなら今日行かないかと誘う凌。


「今日は、いい」としどろもどろに断ろうとする国夫を無理に了解させて、2人は居酒屋「天狗」でお酒を飲むのでした。



多分ここだったと思うのですが、凌が途中で国夫から預かったテープをDVDに移しながら映像を見るシーンがあるんですけど、劇場いっぱいに学校行事である運動会や学芸会、マラソン大会の様子や卒業式の様子が映し出されます。ただ立ち尽くしてそれらを眺める凌の背中と、それぞれ反響する子供たちの音声、重なり合って映し出される映像達がすごく美しかったです。





場面は変わって、凌の子供時代。






おそらく職員室でしょうか、テーブルに揃う芹沢先生と小学生の凌。


どうだこの劇、面白いだろうと芹沢は凌に聞きます。芹沢先生の作った台本で学芸会で劇をやる、主役は凌にやらせたいと凌に頼むのでした。


「…つまんない」

口を尖らせて、目を合わせずにテーブルの隅を見ながらぼそっとつぶやく凌くん。さっきまで30歳のアルバイターだった彼。でも、もうそこにはランドセルにリコーダーを挿してむすっとしている小学生が居ました。



芹沢先生はおでんをモチーフにした劇「おでん はじめて物語」を書いて来ました。主人公は「ちくわぶ」です。味もせず、ちくわにもなり切れない。そこで実は父親であるちくわに勇気をもらって、そんな彼がたまご大王に挑んでいく、みんなは最後仲良くおでんになるという話です。





……凌くん、コレつまんないわなあ(笑)



「いやだぁ…やりたくない」とぶすくれて、凌は芹沢先生を拒否します。

黄色い帽子にランドセルの自担が拗ねる、ドチャクソに可愛いです。



なかなか主役を演じる事に同意しない凌に、芹沢先生は「お父さんに主役をしている姿を見せてあげないか」と提案します。

芹沢先生は直接お父さんと連絡が取れた訳では無いものの、今働いている現場を知り合いに教えて貰って居場所を知っていたのでした。


正直、芹沢先生のこの行動は本当にずるいなと思いました。


乗り気ではない子供の気持ちを向かせるために、目の前にニンジンをぶら下げることは効果的なのかも知れません。

ただ、今回の凌くんに父親をニンジンとしてぶら下げるやり方は本当にずるいなと思いました。

凌くんに前を向いてもらう為にはそうする他に、なかったのかも知れませんが…一時は引きこもってしまうほど両親の離婚で心を痛めた凌くんに対して、芹沢先生がした事はずるくて、無責任で、まるで大人の勝手だと私は思いました。





舞台は現代に戻ります。




お母さんが出かけて、姉2人と凌くんだけの実家。

姉2人は、凌くんが父親を擁護しすぎていることが気に食わないので非難をします。

凌くんはそんな事ないと反論しますが、ずっと父親に会いたかったから仮病を使って頭が痛いと学校を休んでいたんだろう、ドラクエの主人公の名前が「くにお」だったとまくし立てられます。


その後も続くお姉ちゃん達からの説教は、ちゃんと生活費を収めているのか?将来母の介護をするのは凌なんだからしっかりしろ、国夫が金の無心をしてきたらきっぱり断れという内容でした。


それに言い返す凌くんの一言「もう30だし…頑張ろうかな」


ハイ説得力の欠片も無い〜〜〜☆彡☆彡☆彡







凌には、映画監督になる夢がありました。でも、実際は難しく小さな映画の助監督をやったり、自主制作で映画を作ってYouTubeに載せたりしているのでした。


居酒屋で、スマホを片手に「(周りが騒がしくて)音が聞こえねえな」と言いながらも息子の作品をどこか嬉しそうに眺める国夫。「パケホーダイ入ってる?お金かかっちゃうよ」と照れくさそうに心配する凌。



「ううん、いいんだ…あと2、3分だから」とスマホをずっと眺めている国夫と「さっき24年振りの再開って言ったけど、俺とは22年振りだよな」と凌は乾杯します。

「…えっ、そうだったかな」「忘れたの?」なんて2人が話します。









「ぼくは、絶対あきらめませ〜ん!」

凄まじい棒読み&死んだ目でちくわぶを演じる小学生の凌。

芹沢先生と、お母さんもはんぺんやたまごの役を代わる代わるやって練習に付き合っています。


もうこのシーンがすごく可愛い!とにかくやりたくない雰囲気満載の凌に、ノリノリのお母さん、そんなお母さんの頭についている紙製のはんぺんを付け替えてあげる芹沢先生。


みんなに酷いいじめに遭っていた主人公の「ちくわぶ」が偶然「ちくわ」に出会って助けられる。実は「ちくわ」は「ちくわぶ」の父で…という脚本。

その中ではんぺんちゃんに略奪愛をしかけたり、「僕には使い道は無い」というちくわぶの台詞があったりして宿題をしながら姉達が「これ、本当に小学生がやっていいの?」と口にします。


だんだん白熱してくるお母さんと芹沢の演技に、凌はぽつんと「やりたくない」と言います。



姉達がお使いを頼まれて家を出ていくと、お父さんに会ってきた話を「順番が違うだろ、凌」と芹沢に止められるのも聞かずにお母さんに伝えます。



「パパに、会ってきた」「パパんとこ、行きたい!」


たどたどしい話し方で、凌はお母さんに伝えます。



混乱気味の瑛子は芹沢先生に「国夫の事を忘れて生活できていたのに」「私たち家族のことは放っておいて」「凌を可哀想だなんて言わないで」と責め立てます。

そして凌に「行かないで、お願いだから…お母さんとずっと一緒に居て!」と泣き縋るのでした。



この時の凌くんが優しくて、切なくて、まだ幼い小学生なのに全てを諦めたような表情をするんです。

お母さんを見つめて、少し眉を下げてふわっと笑って「…行かないよ」と凌くんは言うんです。


このシーンの凌からは、覚悟が感じられました。


まだ幼い彼に、泣いて縋る母親が背負わせた覚悟です。










なんだか印象的なシーンがこの後にあって。

それぞれのお姉ちゃんとお母さんが話をするシーンなんですけど、見ていると常に「お姉ちゃん」として家庭内で機能してきた2人が、1対1でお母さんと話をする時だけ純粋に「母と娘」になる気がしました。


子供を夫に預けて実家にやってきた冴。お茶を淹れてお煎餅をお母さんと一緒に食べます。ソファーに移動して、足を伸ばしながら冴はポツリポツリと自分の家族について話します。「旦那が冴に出張だと偽って浮気をしていたこと」「会社に確認したら出張について把握していなかったこと」「それについてわかり易い言い訳をされた事」をお煎餅を食べながらどこか寂しそうに話すのです。

離婚する、と言う冴の肩を優しく揉みながら「そう言うけど離婚なんてね、しないわよ」と瑛子はふんわり語りかけるのです。



同じように実家に顔を出しに来た准とのシーンも印象的でした。

准が何気なく母親と話す中で、准は「ごめんね…」と最近仕送りが出来なかったことを詫びます。

「リコールが職場で起きて関係がないのにその余波で営業成績が伸びなかったこと」「おかげでチーフマネージャーという地位を下ろされて平社員になってしまったこと」を告白します。

「いいのよ、それにもらったお金には手をつけていないし」お茶を飲みながらお母さんである瑛子はやっぱりふんわりとした口調で受け答えをしていました。


「悪は排除する」
「悪には罰を与える」
「悪には報いを打つべき」


白黒はっきりさせることは、現代社会において当たり前です。毎日のようにニュースでは誰かが謝ったり、失言や失態について言及されたりしています。

でも、この家族の母親である瑛子は一切そういう事をしないのです。

演出の福田さんは「この物語はグレーだ」という旨のことをパンフレットの中で仰っていました。

確かに悪には天罰があるべきです。誰かを傷つけたり、悲しませたり、苦しませたりするなら、それをした当人にも必ず跳ね返ってくるべきであるし、だからこそ社会の秩序が保たれているのでは無いでしょうか。

でも、「家族」という小さな社会の中でなんでもそうして線引きをしてしまったら、苦しくなってしまうのかも知れません。

「家の中ぐらいグレーだっていいじゃん!」「何事にも線引きしてたら息が詰まっちゃうよ!」「家族の中ぐらい、たまには世の中で許されなくても足を伸ばしてゴロゴロしてたっていいじゃん!」

そんな風なテーマもあるのかなと観ていて感じました(あくまで個人の見解です)。






お母さんに姉2人が揃うと、話題はやはり出ていった父親のことや、30歳にしていまだアルバイトの凌の事になります。

その中で瑛子は国夫が会社を立ち上げた際に経理をお願いされたのを引き受ければよかった、それなら経理をの女の人と不倫してこんな事にはならなかったのでは…と話します。

そして「やっぱり凌には弟か妹を作ってあげればよかったのかしらね」と呟きます。


この時のお姉ちゃんの表情やお母さんの肩を優しくさする仕草から、もしかしたら、冒頭妊娠していたはずなのに凌くんの下に兄弟がいないのは、自分の意思で産まなかったのかも知れないと思いました。

昼の仕事と夜の仕事を瑛子がかけ持ちしても、子供達を養うのがやっとだったと作品中でも描写されていました。


冴と准は「そんな事ないよ」とお母さんを優しく慰めるように話しかけます。

「いつまでもそう思うのはあのぬいぐるみがあるからだ!もう処分しよう、するからね!」

冴は奮起すると、まだ幼かった凌が弟か妹の練習にと、オムツ替えをしたり一緒にお風呂に入れてヒタヒタにしてしまったりしたテディベアを表に捨てに出ていきます。






「ねえ、凌が“あの人“と一緒に来るんだけど」

しばらくして冴が強ばった表情で玄関から入ってきます。

凌が、父親の国夫を連れて帰宅してきたのでした。先ほど「謝罪しないと話が前に進まない」と言った姉の言葉を受けて、国夫に「言うことがあるんだろ?」と謝罪を促します。


「…すまなかった」


ただそればかり伝える国夫に、お姉ちゃん達は苛立ちます。当時借金があり出ていったら家族に迷惑がかかると思わなかったのか、子供を捨てて出ていって平気だったのか、自分なら絶対子供を捨てるなんてありえないと責め立てます。

それに対しても「ごめん」「すまなかった」としか返答できない国夫。


「もういい!何も考えてなかった事はわかった!」と突っぱねる姉に、凌は国夫が店に持ち込んできたホームビデオの束を見せます。

「これはマラソン大会の時に必死な顔で冴が走っているのが映っている」「その後ろをダラダラ准が走ってくるのも映っていた」「これは学校のバザーで准が全然値切らないもんだから売れ残って結局200円しか儲けが出なかった時」「中学校の卒業式で、冴が大泣きしているところ」


国夫は、子供達に隠れて学校行事などを密かに撮影して、テープに残していたのでした。


「何にも考えてなかった訳じゃない、見ててくれたんだよ俺達のこと!」


嬉しそうに姉達に言う凌ですが、姉達から帰ってきた言葉は「…キモ。」という返答でした。


「なんなのこれ、盗撮じゃない」「こんなので許さると思わないで、私たちの気持ちなんてわからないくせに!」冴は激怒します。





中学に上がったら陸上部に入りたかった事。でも、スパイクが買えないし放課後は早く帰って幼い凌や妹である准にご飯を食べさせる支度をしなければならないので諦めた事。


マラソン大会で必死の形相で走っていたのは、小学校で足の遅かった子が中学で陸上部に入って、抜かされて悔しかったから。





卒業式で大泣きしていたのは、中学卒業後は調理師の資格を取るために住み込みで働くことを決めたから。みんなは高校生になれるのに自分はなれないので悔しかったし学生生活が終わるのが本当に悲しかったから。





准がバザーで値切らなかったのは、少しでも家にお金を入れたかったから。ガラクタばかりで結局売れ残って、200円しか儲けが出なくて本当に悔しかった。だから、もう二度とこんな思いはしないと誓って一生懸命勉強した。








塾なんて当然通えないから、朝から晩まで勉強した。マラソン大会でダラダラ走っているように見えたのはそのせい。




怒りに任せて、思いっきりぶちまける姉2人の姿に会場から観客のすすり泣く声が漏れていました。






「あのさ、人の為って書いて“偽“って読むんだよ」


凌くんは呆れたように立ち上がります。


瑛子はそんな事しなくていいと言ったのに、卒業後は住み込みで働いて調理師の免許をとる、学校に通うより早く資格が得られるとすぐに家を出ていく選択をしたのは冴。

家を出た後、准にも「早く家を出た方が楽だよ」とアドバイスして2人で住み始めた。

バザーで儲けた200円だって、瑛子にお小遣いにしていいと言われてちゃっかり准は貰っていたこと。


家から大学に十分通える距離だったのに、そんなことしなくていいと瑛子が言ったにも関わらず実家を出て冴と住み始めたこと。


凌は姉を追い回し、怒鳴りながら自分の視点で見てきた姉2人の行動について責め立てます。

「なんで母さんがしていいって言った事はしないで、出てくなって言ったのに出ていくんだよ!!」


ニュアンスですが、この様に凌くんが怒って怒鳴ったところで、瑛子が泣き崩れます。


「すまなかった」と国夫が地に両膝をつけて謝ろうとします。


「もういい、もういい、ごめんね。母さんが悪かった。母さんが謝るから。」


本当に苦しそうに、絞り出すように背中を丸めて瑛子も土下座をしようとします。


必死に止めようとする姉達は「父親が今更帰ってきたからこんな話をしなくちゃいけないんだ」「そうだ、帰ってきたのが悪い」と再び国夫に恨みをむけます。



そこで国夫の口から出てきた言葉は「俺はお前たちのことを忘れてる、だからお前たちも俺のことを忘れてくれ」というものでした。


あまりにも酷い言葉に激怒する子供達。




「違うのよ」と説明をする瑛子。国夫は、交通整備のバイト中に穴に落ちて健忘症となり、記憶の一部が欠けてすっかり子供達の事を忘れてしまっていたのだと伝えます。

最初にお見舞いに行った時は、瑛子の事も忘れてしまっていたこと。しかし会ううちにだんだん記憶が戻ってきたので子供達にも会わせて思い出させてあげようとしたこと。




「すまなかった」と帰ろうとする国夫に、凌は「だから、帰ろうとするなよ!」とそれでは解決にならないと声を荒らげるのでした。











舞台は、凌の小学生時代に戻ります。


芹沢先生と一緒に、国夫が働いている現場に行く凌。


芹沢先生は「ぜひ主役をやるから凌くんを見に来てください!」と国夫に伝えます。しかし授業は金曜日。仕事が休めない、やらせて欲しいと言った現場だから休めないと理由をつけて国夫は断ります。

凌くんは、俯いて別に見にこなくていいと言うのですが…本当にその燻ったような態度が切なくてたまりませんでした。


「悪いな、あんちゃん」と謝る国夫に「もうあんちゃんじゃないから」「お腹の子は、天使になって飛んでったんだって」と俯きながら言う凌くん。



芹沢先生は、凌と国夫にキャッチボールをするように提案し、ボールとミットを押し付けて二人っきりにしてあげます。



気まずそうにボールを投げられずにいる2人でしたが「お前、ボールの持ち方も知らないのか」「こうやってボールは握るんだ」と国夫が凌にボールの持ち方を教えて、投げ始めます。


父親がいなくなった家庭にはお母さんと姉2人。凌とキャッチボールしてくれるような同性の家族って本当に父親だけだったんですよね。





「主役をやらなかったら、こうしてパパに会えなかった」と凌がボールを投げながら言えば、国夫は「ふざけた野郎だな」「なんかあいつ(芹沢)嫌いだな」と投げ返します。


お前も嫌いだろ?という問いに「…うん」と言いながら凌くんは返ってきたボールをまた投げます。



劇の内容と、凌が演じる役が「ちくわぶ」だと聞くと国夫は「俺はちくわぶ好きだけどな」「ちくわぶは、ちくわだよ」と優しくボールを投げます。

ちくわぶは、ちくわじゃないんじゃないの?」と聞く凌に、細かく説明はしないけれどちくわだよと言う国夫。正確な答えになっていないかもしれないけれど、凌にとってこうして大まかにでも肯定してくれる父の愛は大きかったのでは無いでしょうか。



ちくわぶって凌のことだよな」「父ちゃん居ないんだろ」と学校でみんなに言われて、もう学校に行きたくないと言う凌。



そんな凌を見て「パパのところに来れば転校もできる」「ママに了承を貰ってこい」とボールを投げ返す国夫。


こんな状況を生んだ要因は、国夫なわけで。国夫がこんな事を言うのは筋が通っていないとは思います。現実的に考えてなんのプランも無しに一度は手放した子供を可哀想だからと母親と引き離して育てるだなんて、第三者から見たら無責任な国夫には出来ないと考えるのは当然です。



でも、凌にはそれが嬉しかったんですよね。細かい訂正なんてふっとばして、凌にはただ、その大まかな受け止めてくれる存在が嬉しかったんだと思います。


「行きたい、パパのところ!」凌は国夫にボールを投げ返すのでした。












「だから、帰ろうとするな!」



出ていこうとする国夫に凌がそう叫んで、場面は現代に戻ります。


ここで初めて凌が、映画監督になりたかった事、映画を密かに自主制作していた事を家族に告白します。



ももう、30歳。いつまでもフラフラしていられないので、最後に1本映画を撮ってそれが評価されなければ終わりにしたいと言いビデオカメラを手に取ります。


凌が撮るのは、健忘症に陥った男が家族を思い出すまでのドキュメンタリー。



「あなたの捨てた家族を紹介します」と、まず母親の瑛子にカメラを向けます。



「母、瑛子」少し計算が苦手だけれど、昼も夜も働いていつも朗らかで笑っていてくれた。一番辛いのは母なはずなのに。


「長女、冴」しっかり者の姉。運動会や遠足で、お弁当を用意してくれたおかげでばかにされずに済んだ。



「次女、准」ガラが悪くてある意味一番国夫に似ていた。だけど、不登校だった凌が勉強についていけたのは、准が居てくれたから。でも実は准の仕送りは、困った時に凌が拝借していた。




「長男、凌」自分は未だにどうしようもなく、母親に甘えて暮らしている。
頭が痛いと学校を休んで不登校になれば、母親が父親に連絡を取ってくれると思っていた。初めて父親としたキャッチボールが忘れられず、一度はこの家を離れようとしたけどできなくて、父親と会うことも無くなってしまった。





「どうか思い出してください」「あなたにはこんな家族がいるんです!」


ビデオカメラを片手に、鼻周りを赤くしながら悔しそうに、悲しそうに、それでも一生懸命に国夫に詰め寄る凌くん。



その背中に今まで積み重なってきた家族の寂しさが全部乗っかっているようで、切なくて、悲しくて、可哀想で、それでも必死に家族に向き合おうとしているのがわかって涙が止まりませんでした。



姉達が家を出ても、ずっとずっと実家にいた凌くんは、ある意味ずっとこの家を見てきた人なんですよね。

姉達も家を出るまでずっと過ごしてきた家庭ではあるけれど、ずーっと今の今、最新の状況まで見続けてきたのは凌なのかなとこの時思いました。







ステージが暗転して、場面は居酒屋「天狗」に変わります。




ちくわぶを頬張る国夫を見て「ほんとに好きなんだね、ちくわぶと少し笑う凌。


相変わらず「あんちゃん」と自身を呼ぶ国夫に、もうやめてくれないかなと伝える凌。


「昔あんちゃんって呼んでた気がするんだ」という国夫に、ビデオカメラを向けながら「思い出した?」「撮られるの、慣れてきたね」と言う凌。


家を出て言った時に瑛子が妊娠していた事を告げると「ひどい男だな、俺…ほんとにそんな事したのか?」とショックそうに言う国夫。


凌は、そこで「初めてあんちゃんと呼ばれた日の映像」を国夫の前で再生します。


聞こえてくる「弟か妹が欲しいって前に言ってたろ?できるかもしれないぞ」という国夫の声や「僕、弟がいいなあ」という凌の声。




それを眺めながら、国夫は「なあ、もう少しあんちゃんって呼んでいてもいいか?」と凌に聞きます。


凌が「…分かったよ」と優しく答えて、この物語は幕を閉じます。






思い返すと、本当にこの物語はグレーです。国夫の記憶は完全に戻ったわけじゃない。辛い思いをした子供達の過去は変わらず、戻ってこない。国夫が前のように何の違和感もなく家族に戻れるかというと、それはなかなか難しい。冴は離婚しそうで、准は仕事が上手くいっていなくて、相変わらず凌はアルバイターで。

なんで父親が出ていったのかも、お腹の子についても明言されている訳では無いから、Twitterなどで流れてきた感想の中には「えっ、ここで終わり?」というものもいくつかありました。


でも、この物語はあくまでグレーなんですよね。

最後の終わり方も、ピリオドを売ったわけではなくてこれから先、凌は「あんちゃん」とまた呼ばれていくんだなと想像させる終わり方だったと私は感じました。

きっとこれからもこの家族が、喧嘩しようといがみあおうと、助け合おうと感謝しあおうとずーっと続いていくからなんですよね。



何一つ解決はしていないけれど、これからこの家族がどんな風に過ごしていくのか、ぼんやりと浮かぶような舞台でした。


完全に白黒つける今の世の中は、確かに当たり前だけれど、グレーがあったって良いじゃない。

完全に白黒つけてしまったら、酷い事をした国夫は健忘症を患いながらも老後は孤独に過ごさなくちゃいけない。


瑛子は辛い思いをさせた子供達と天使になってしまったお腹の子についてもずっとどこか抱えたまま生きていかなくちゃいけない。


凌はとっとと就職をして夢を諦めなくちゃいけない。


冴は浮気された夫と離婚して子供を抱えて生きていかなければならない。


准は会社が起こしてしまったリコールの件で収入が下がって生活が辛い思いをしながら働かなければならない。



たとえ家族が元の形に戻ったとしても、この事実は変わりはないと思います。でも、くっついたり、離れたり、あるいはその中間でたゆたっても良いんじゃないのかなと今回の舞台から伝わってくるグレーの雰囲気を見て私は思いました。



許す許さない、白黒つける事が全部では無いんですよね。











今回、本当に久しぶりにグローブ座に行くことが出来て良かったです。


グローブ座は初めて自分で稼いだお金で舞台を見た劇場で。その時まだわたしは高校生でした。


生のお芝居を見る機会って、田舎の高校生にはそんなになくて、お芝居がどんなものなのか、どんな風に展開していくのか等、本当に当時の私には未知の世界だったんですよね。




そして、初めて目にしたお芝居という世界に心を奪われて今に至ります。




私が初めて北山くんという存在に惹き付けられたのはコロコロ変わる表情から目が離せなくなったからです。


彼の瞬時に変わる表情は、見ていて本当に飽きなくて、心を揺さぶられて、たくさんの人を惹き付けるんだろうなって思います。


だから、こうやって思い入れのある劇場で舞台に立っている姿、しかもスタンドプレーが見れたことが本当に嬉しかったです。


こんな日が来るなんて、思っても見ませんでした。




本当に、本当に、1回きりではあるけれどこうして彼の姿を見ることが出来て、この上なく幸せでした。


今回チケットをお譲り頂いた方には感謝してもしきれませんし、こうやって観劇するまで拡散の手伝いをしてくれた方やなんとか入れないかとチケットを探してくださった方、詐欺にあいそうになった際に注意してくださった方、本当に色んな人の関わりがあってこうしていられるんだと改めて実感しました。



私も少しでも、誰かに何かをしてあげられるようになろうって心に刻みました。


本当に、ありがとうございました。





素敵な夏を体験させてくれた「あんちゃん」に心から感謝を。

沢山の人の心にこの作品が響きますように。